3度の引っ越し わが家の場合

引っ越しや大きな環境の変化は、誰にとっても少なからず影響を及ぼしますが、認知症の人は、特にその影響を受けやすいといわれています。

ですが、認知症になってから1度も居住を移さずに人生を終える人は少ないです。

介護してくれる家族と一緒に住むため、あるいは家族の近くに住むため、または介護施設で暮らすなど、どこかのタイミングで住み慣れた場所から離れることになる人が多いです。それも人によっては、1度や2度ではないかもしれません。

夫は、認知症になってからの4年間で3回の引っ越しを経験しています。

さらに夫は、大人になってから今まで(認知症になってからの3回を含めて)12回引っ越しをしています。これは私が把握している限りなので、実際はもう少し多いようです。

なので夫にとって引っ越しは、そこまで特別なライフイベントではないようです。

ですが、ほとんど引っ越しをしたことがない人にとって、認知症になってからの引っ越しは、その人の人生の中でも、ひと際戸惑いを覚えるライフイベントになるかもしれません。

いずれにしろ、どこかのタイミングで必要に迫られて引っ越しせざるを得なくなる人が多い。それが現実だと思います。

夫がどのような必要に迫られ、4年間で3回も引っ越しすることになったのかを綴っています。

わが家の引っ越し 1回目

1回目の引っ越しは、夫が認知症になり、当時まだ結婚しておらず別々に暮らしていた私と、結婚して2人で一緒に暮らすことになったときにです。

夫が私と一緒に暮らすために引っ越してもいいと言ったので、当時住んでいた千葉から、私が住む大阪に引っ越してもらうことにしました。

もしこのとき、夫が引っ越さないと言っていたら、私は結婚しなかったかもしれません。

夫が大阪に引っ越せば、引っ越して新しい土地で暮らすことへの戸惑いと、結婚して新しい家族との生活への戸惑いと、認知症になった自分への戸惑い、この3つの戸惑いを夫は抱えることになります。

夫が引っ越さなければ、新しい土地で暮らすことへの戸惑いは避けられます。

けれどもそれより、先々のことを考えて、私にいろいろ有利な土地で暮らした方がいいと、私は考えました。

それに、私にとっては知り合いもいない慣れない土地で、認知症になった自分への戸惑いをあらわにして苦しむ夫との生活に、私は耐えられる自信がありませんでした。

私がいろいろなことに耐えるためにも、私がよりしっかりしていられる土地で暮らすほうが、今後の私たちにとって大切だと判断しました。

また、夫はこのとき住んでいた分譲マンションを売却します。それは夫の意思ではありますが、私がそうさせた部分もあります。

私が夫に帰る場所を手放させた。その思いが後々、なんとしても夫が安らげる場所を作りたい、という私の思いにつながっていきます。


わが家の引っ越し 2回目

結婚当初、住んだのは、私がひとり暮らしをしていたアパートでした。そこで2人で暮らすのは狭いので、夫が千葉から引っ越してから1か月後、2回目の引っ越しをしました。もともと1回目の引っ越しは仮住まいの予定でした。

引っ越した先は、エレベーターのない3階建てのマンションの3階でした。

そこに決めた理由は、1階は嫌だという夫の意見と、家賃と立地の条件が私の希望と合っていたからです。

ですがその物件に決めたとき、3回目の引っ越しが必要だろうと私は覚悟していました。

2回目の引っ越し先での生活

認知症の人にとって引っ越しや環境の変化はよくないといわれます。

ですが、私たちの場合、結婚した時点で大きな環境の変化がおこっています。

夫は、私と家族として一緒に生活することと同時に、知らない土地で暮らすことにも慣れていかなければなりませんでした。

夫は大きな環境の変化に戸惑い、不穏になることも多々ありました。

ですが、そのせいで認知症が進んだということはありませんでした。私の実感ですが、引っ越してから3年ほど、夫の認知症は、症状として表に出ている分には、ほとんど進行しませんでした。

ですから、引っ越ししたら絶対に認知症が一気に進むということではないです。引っ越しや環境の変化で受ける影響は、個人差が大きいのだろうと思います。

もしかしたら私が細かいことに頓着しないせいで、進行していたのを見逃していただけかもしれませんが。

たまに、認知症の家族が字が書けなくなってきたと嘆く声を聴くんですが、本人が困っていなければ、別に字が書けなくても問題ないと私は思うんですよ。署名とか必要なときは、家族が代筆すればいいだけの話だし。

火の消し忘れとかだと大問題ですが、家族がフォローすればなんとかなることは、あんまり気にしないほうが、自分のためにも相手のためにもいいかなと思います。

わが家の引っ越し 3回目

エレベーターがないマンションの3階に住んでから3年半ほど経ったころ、夫が階段の上り下りを嫌がるようになりました。

散歩から帰ってくると、階段を上るのが嫌だと言って、さらに歩いてどこかに行ってしまう。いつまでたっても帰れず、夫の体力がどんどん削られる。一番疲れない方法が、階段を上って3階まで行って休憩することだと説明しても通じない。次第に私もイライラしてきてケンカになる。それが1日に数度おこる。その繰り返しの毎日でした。

散歩をさせないという選択肢もありません。そんなことをしても、家の中で別の問題がおこって、やっぱりケンカになるだけです。

そろそろ新しい部屋を探さないとと思っていたある日、夫が階段でよろけ尻もちをつきました。下りていたときだったこともあり幸い大事には至りませんでしたが、そろそろ潮時だなと思い、物件を探し始めた2日後、車いすでの生活や高齢者でも住みやすいように設計されたバリアフリーの部屋を見つけ、すぐに契約をしました。

夫が尻もちをついた1か月半後には、3回目の引っ越しが完了していました。

3回目の引っ越し先での生活

3回目の引っ越しをしてから約3週間後、夫が硬膜下水腫になり、その影響で玄関の少しの段差ですら、足をあげるのがやっとの状態になってしまいました。

もちろん3階まで上がるなど到底不可能です。あのとき引っ越しをしていなければ、間違いなく夫は家に帰ってこれなかったです。そう考えると、夫のあの尻もちはナイスサインであり、それを見逃さず行動した自分を自画自賛してしまいます。

夫の硬膜下水腫は、その後、硬膜下血腫になったことで手術をしました。

夫が必要とする身体的な介助量は増えましたし、認知機能もだいぶ衰えました。

引っ越しや硬膜下血腫の影響で、夫は不穏になったり、表情が空虚だったりすることもありました。

ですが、引っ越しと脳の手術をしてから1年経った今、夫はよくしゃべり、笑顔を見せ、なんだかよくわからないことを言っては私を爆笑させてくれます。

私と夫との生活の中にあることは、幸せなことばかりではありませんが、幸せじゃないことは、たぶん引っ越さなくてもあったと思います。

そして、幸せなことは、きっと引っ越したからあるのだと思っています。