さいごにひとりで買ったのは

ひとコマ・詩


  

 さいごにひとりで買ったのは

 「いつもの公園に行ってくる」と、
 夫がひとりで出かけようとしている。

 私は、急ぎでやりたいことがあり、
 手を止めたくなかった。

 毎日ふたりで行っている公園だし、
 わかりやすい道だし、夫も迷わないだろう。 

 ひとりで行ってもらうことにした。

 けれども、だんだん心配が増してくる。

 夫はこの土地に、まだ慣れていない。
 一歩まちがえれば、知らない道ばかり。

 やっぱり後を追いかけた。

 しばらく行くと、ビニール袋を提げ、
 こちらに向かって歩く、夫が見えた。

 「途中で道がよくわからなくなって、
  そしたら、いつものお店が見えたから」

 駅前にある、たこ焼き屋さんの袋だった。

 「並んだら買えたよ」

 夫が、さいごにひとりで買ったのは、
 ふたりで食べた、たこ焼きだった。

実際、たこ焼きは、並んだだけでは買えなくて、何個入りにするのか、ソースかしょう油か、それとも塩か、さらにマヨネーズ青のりカツオはつけるのか尋ねられ、お金を払う。

夫は、お店の人の問いかけに答え、お金を払った。

その当時、すでに夫は、自分が欲しいものでも、私にお会計するように頼んだし、ひとりで買い物に行くこともなかった。

だから私は、夫がたこ焼き屋さんの袋を持っているのを目にしたとき、驚いた。

これは、2017年1月、夫が認知症だと診断される直前、さらに、私たちが結婚する直前の出来事です。