もしあのとき私が握っていたのが 傘じゃなかったら なにひとつ、思うようにならない。 デイサービスに行った夫が、途中で帰ってくる。 家事をしている最中に、夫が出て行く。 ひと息ついた途端、夫が出て行く。 ぜんぶ後回しにして、夫に付き添う。 なにひとつ、思うようにできない。 それでもがんばっている自分へ、 誕生日プレゼントをネットで買った。 誕生日当日、家にいられるであろう時間帯を 配達指定して。 その日も、家を出て行った夫に付き添い、 なんとか配達時間までに、 家の前まで帰ってこられた。 なのに夫が「家に帰る」と言って、 家に入ってくれない。 また、歩き出そうとする。 なにひとつ、思うようにならない。 せめてもの自分へのごほうび。 それすらも、受け取れない。 そのとき、私は、握っていた傘で、 夫のお尻をおもいきり殴った。
新聞に載るような事件が起きる瞬間は、こんな時なのかもしれない。
私の側にあった物が、傘だった。
ただそれだけのことで、夫はケガをしなかったのかもしれない。
次の日、夫のケアマネージャーに電話をして、夫を傘で殴ってしまったと言ったら、数時間後、会いに来てくれた。
ケアマネに限らず、私は周りの人に恵まれている。
そうでなければ、やってこられなかった。
それと、私がここまでしてしまったのは、時間指定した荷物を受け取れないことに対して、罪悪感があったから。せっかく届けに来てくれたのに、受け取れないことに。
家族を介護していている人たちは、介護を必要とする家族に対してだけでなく、周りのいろんな人たちに対して、罪悪感を持っていると思う。他の家族や身内、友だち、近所の人、介護職の人、お店の人、街中にいる人、たくさんの人たちへの罪悪感で、自分を追い詰めて苦しめているんじゃないかと思う。
これは、2020年の私の誕生日のことです。