執着心

ひとコマ・詩


 

 夫は、自分の場所に帰りたがった
 ありったけのエネルギーを燃やして
 自分の居場所を探し求めた

 夫から執着心が放たれることは
 もう、きっと、ない

 落ち着いたと言えば聞こえはいいが
 なにかに執着するためのエネルギーが
 散ってしまった、ようにも思え
 一抹のさみしさを感じた

 認知症という病がもたらした熱情が
 夫を駆り立て
 夫は、夫の人生の残りの熱量を
 力の限りぶちまけた

 病や加齢によって熱が奪われる前に
 残りの燃料を燃やした

 執着心がしぼむ前に、自ら散らした

 私は、そう思いたい


私が知っている過去の夫からは想像できないほど、丸く穏やかな人になった夫の傍で、なんで、こんなに穏やかな人になってしまったのだろうかと考えた。

介護するなら、穏やかであってくれるほうがいいし、一緒に暮らすにしても、穏やかな家族と暮らせることは、心地よい。

けれども、夫の尖った部分が感じられなくなったことに、私は喪失感を覚えた。

夫の尖った部分も、確かに、夫の一部だった。

それが、感じられない。

私にとっては、丸くなった今の夫の方が付き合いやすい。

けれども、夫の尖った部分が、病によって強制的にそぎ落とされたのだとしたら、夫の尖った部分がなくなってよかった、そう素直に思えない。

そうあって、ほしくない。

夫は、不要なものでも、誰かに取られるぐらいなら、自ら壊すような人だった。

だから、執着心や尖った部分も、自ら叩き壊していてほしい。

夫は、執着していたのではなく、病によって、執着させられていたのかもしれない。

そうであったとしても、自分の力で執着しつくして、その結果、夫の執着心が出がらしになったのであれば、それならよかった、そう、私は思える。