認知症とともに暮らす

エッセイ

認知症の人たちの人となり

認知症になっても、夫はジェントルマンだ、という話です。 夫が利用しているショートステイのスタッフさんが教えてくれました。 ショートステイ内で認知症のある利用者さんが、別の認知症のある利用者さんを批判していたそうです。 批判の内容は、なにかしようとしているけれどうまくできない利用者さんを責めるようなも...
エッセイ

夫のメモが教えてくれたこと

夫の荷物を整理していたら、同じことが書かれたメモが何枚も出てきた。 夫の字で書かれた、成田空港に行くためのバスと電車の時刻。 それは、夫が、私に会いに、成田から関西空港行きの飛行機に乗るために書いたもの。 夫がそのメモを書いたのは、夫が初めて認知症外来を受診した、1年以上前のこと。 病院に行くことを...
日記

大切な怒り 私は夫の怒りを聴く

「そこで、そうやって見ているだけなのか」 出かけたいのに、ひとりでは着替えられない夫が、怒りながら、着方がわからないシャツを床に叩きつけた。 「そんな言い方で手伝ってくれる人なんていないよ」 私は言い返す。 これは、私と夫の真剣勝負だ。 私は、夫の怒りを受ける。夫の怒りを収めることはせず、吐き出させ...
日記

夫が帰りたいところ 目印としてのふるさと

夫は、よく家に帰りたがる。 それは、帰宅願望といわれる、認知症の症状のひとつ。 家にいるのに、家に帰りたがる。 夫が帰りたい家。 それは、今、私と住んでいる家ではない。 夫が帰りたい家。それは、生まれ育ったふるさとの家、のようで、そこだけではない。 ふるさとに帰っても、夫の生家は、もうない。 そのこ...
エッセイ

認知症の人を傷つける人

夫は、認知症の周辺症状でも、とくに帰宅願望が強かったです。 そして、夫が「帰る」と言うとき、そこには、私の負担になりたくない、という思いが込められていました。 私たちは、夫が認知症になってから結婚していて、夫には『おかしくなっていく自分と結婚する』という私の行為が、理解できないようでした。 実際、夫...
日記

夫が安心していられる場所

夫の「帰る」という言葉に込められた思い。 今までできたことができなくなり、なにを考えてもよくわからなくて、自分が壊れていくようで、不安、怖い、逃げたい、『安全で安心できるところに帰りたい』。 体の具合が悪い夫が「帰る」と言う。 その言葉の根底には、『自分を不安にするものがない、安心して休むことができ...
エッセイ

さまよい歩く

認知症の人がひとりで外出して道に迷ってしまうことなどに使わる「徘徊」という言葉を別の言葉に言い換える動きがあります。 「徘徊」には、「あてもなく、うろうろ歩きまわること」という意味があり、「あてもなく、うろうろ」というところが、認知症の人の実情にあっていない、配慮が足りない、ということが言い換えの動...
日記

夫の痛みは、寝ても治らない

散歩が大好きな夫。 毎日1万5千歩、多い日には2万歩以上、歩いている。 まあその歩数のすべてに、私も同行しているわけだが。 連日2万歩以上歩いても、30代の私の足に、異常はないが、70代の夫のヒザやふくらはぎは、悲鳴をあげだす。 夫自身は歩くのが好きだけれども、夫の体、とくに足がそれについてこれない...
日記

ちょっとだけ逃避行

私は夫と駆け落ちをしたことがあります。 それも結婚後に。 私と夫は、夫がすでに認知症をわずらっていて、さらに歳の差が35ありましたが、私の身内、夫の身内、ともに誰にも反対されることなく結婚に至っています。 では、なぜ、結婚した夫婦が、駆け落ちをすることになったのか。 コロナ禍が始まって少し経ったころ...
日記

人間にたいして失礼だろう

夫が、自分の認知症に対して発した言葉。 「人間にたいして失礼だろう」 夫にとっては深刻な問題なのだろうが、それを聞いた私は、夫の表現のすばらしさに衝撃を受けた。 なんてわかりやすく素直で的確な表現だろう。 加えて夫は「頭をボカンと殴ってやりたい」とも言った。 認知症には、頭どころか形がないので殴れな...