認知症とともに暮らす

ひとコマ・詩

芝生の上で

私はただその瞬間  そこにじっとしていてほしくて  起き上がろうとする夫を幾度も  地面に叩きつけ抑えつけた  車が行き交う道路を歩かせる  危険から夫を守る  そのことに疲れた私は  公園の芝生の上に夫を引きずり込んだ  そして  そのとき私が考えついた方法が  それしかなかった 芝生の上で、夫を...
エッセイ

暴力の抑止力

私は我を忘れたことがない  夫を殴っているときも  通報されたら逮捕されるだろうと  考えながら殴っていた  夫を蹴っているときも  行き過ぎているとわかっていた  夫と引き離されるかもしれない  そんな私が避けたい未来も思い描いた  それでも  止まらなかったし  止められなかったし  止めたくな...
ひとコマ・詩

小雨降る 夜の逃避行

夫がいかに理不尽なことを  私に強いているのか    その怒りを夫にぶつけていたら  私の話を聞いて  この家に ひどいオヤジがいて  そのオヤジが 私をいじめていると  思い込んだ夫  「うちにおいで 一緒に行こう」  「出て行ける? 大丈夫?」  小雨が降る夜の街を相合傘で歩いた  まさか私の人...
日記

抱きごたえのある背中

夫の背中  けさ  いつもより重い  ごきげんななめの体を抱えて  なんとかベッドのふちに座らせたら  体をうしろに倒してくる夫  このままだと  夫の頭がベッド柵にひっかかる  なによりも   もういちど起こすのが  めんどくさい  なんてときには バックハグ  抱きごたえのある 夫の背中  しば...
日記

夫が教えてくれる

夫の肩    「ぼく わからないんだ」  あさ 夫が つぶやいた  「なにが わからないの」  私が たずねる  「わからない」  ベッドのふちに  並んで  座った  夫は 肩を  落としているようだった  こんなとき 私は  夫の肩を抱けてよかったと思う 夫は、認知症になり始めたころから、『わか...
日記

わたし あたまが ぱーだから

「わたし あたまが ぱーだから」  夫が突然 そんなことを言った  私は 笑いながらも  それ以上におどろいた  夫からそのようなセリフを  聞いたことがなかったし  夫が笑いをとりにいくときの  スタイルでもない  夫が認知症対応型デイサービスに  行き始めたころ  「あんな人たちと一緒にいたくな...
エッセイ

覚悟しつつも願っている

夫が私のことを忘れることがあった  知らない人を見る目で私を見  知らない人と話すように話し  私を知らないと言った  そんなことがたまにあった  そのことを人に話したら  「配偶者のことは   早い段階で忘れる人が多い」  と言われた  それが本当なのかどうかも  疑わしいのだけれど  そうであっ...
エッセイ

プライド

今まで強がって生きてきた人間の  涙を見た  今まで守ってきたプライドが  バキバキと折れていく  音を聞いた  プライドを折ったのは  病であり  妻であり  自分自身  夫は自分で自分を傷つけ  自分のことをさげすんだ いま、夫は、幸せかもしれない。 そうだったとしても、それは、あの痛みを耐えぬ...
ひとコマ・詩

私にもわからないよ

ケンカした  夫が私のもとから逃げていく  雨の中  傘もささず  行き先もわからず  私から逃げていく  あせった足が濡れた坂で滑り  尻もちをついた  傘の下で 私はそれを見つめていた  ひとりで立ち上がった夫が  また歩きだす   助ける気に なれなかった   もうなにも したくなかった   ...
ひとコマ・詩

私の望みを叶える言葉

打ち上げ花火の音がする。  ベランダから空を眺めたけれど  花火は見えない。  「一緒に外に行って、探そうか」  夫が、そわそわする私に言った。    けれども私は、  行かなくていいと返事した。  当時、私たちは、  エレベーターがないマンションの  3階に住んでいて、  夫は、階段の上り下りが苦...